墓所の概要

参道の踏石

 長い参遣には、約二千個の踏石が並べられている。この踏石は、建設当時、河石をここまで運んで築いたもので、石一つに米一俵を要したとの口碑がある。

 

墓所のお塚

 一のお山から七のお山まであり、それぞれのお山に参道が連なっている。当初のお山の順の呼称は現在改められている。

 

碑石の造営

 光政は儒道の古制にのっとって造営した。豊富な材料に入念な工作を施していて誠に壮大である。墓碑には、厄払いの意で鹿に似た天禄辟邪(てんろくひじゃ)の絵が刻まれているものもある。

「評定留」によると、費用は、夫役十万余を銀になおして二百貫(約750kg)余りかかったと記されている。石材は、岡山市犬島から切り出し、片上へ船で、ここから和意谷まで正味39日かかって、寛文7年6月8日、棹石2本と台石(亀趺用)1本とを引き上げ、7月2日に全部の石の引き上げが完了した。

一のお山

 「一のお山」は、参議輝政(光政の祖父)の墓である。

亀趺(きふ=左下の写真)の上に墓碑がのせてあるのが特長である。亀趺は亀の形に刻んだ台石のことで、鹿に似た天禄辟邪(てんろくひじゃ)とともに、高貴の人の墓に用いる。

 輝政は、播州姫路城に在城中、慶長18年1月25日に50歳で逝去、播州中市郷金谷で火葬にし、同所に埋葬したが、のちに京都妙心寺護国院に改葬し、さらに寛文7年(1667)にこの地に遷葬したものである。明治43年に特旨をもって従二位に追贈された。

      参議輝政の墓
      参議輝政の墓

「一のお山」参議輝政の墓の概要

 

石 垣

  南北約13m、東西約9m

碑 石

  高さ約2.7m、幅約0.7m、厚さ約0.5m

亀 趺(きふ)

  首尾約2.7m、幅約0.8m、厚さ約0.5m

台 石

  長さ約3.3m、幅約1.8m、厚さ約0.6m、台石二個上に亀趺がのる

墓 表

  高さ約1.2m、幅約1.1m、厚さ約0.18m、墓表の笠・棹・台は一石から成っている。

 

-岡山県和気郡吉永町指定文化財資料より-

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